2011年5月5日木曜日

いわき市の実情

昨日はいわき市の親戚のお宅2軒訪問。
既に震災から2カ月近く経過し、常磐道はいわき勿来の先まで開通。
途中、友部ジャンクションから東北道に向かう車が多かったけど、その先は空いていた。
日立辺りから高速道路はうねった様な凹凸。
先ずは勿来町の親戚へ。
ここまでは津波が来なかったので、屋根瓦が落ちビニールシートを乗せた家が幾つか。
一部の水田は田植えが始まり、なんだかいつもの見慣れた風景。
お土産にビニールハウスで作ったキャベツやカブを頂き、平潟港と九面港を見学。
防波堤の上に大きな漁船が乗っかったままだったけど、港湾の復旧作業は昨日も進められていた。
広野の火力発電所は停止していて、その先の津波の被害が大きかったエリアは立ち入り禁止。
そこから国道6号に戻ろうと迂回路を走り出したら、道路はデコボコで津波の傷跡がアチコチに。
もう一軒の親戚宅を訪問したら、丁度今日からネギの出荷が始まったとかで、家族総出で大忙し。
東京、千葉、神奈川3軒の買い手が見つかったとか。
でも、段ボール箱にはデカデカといわきのネギとブランド名が。
従兄の彼は、安く買い叩かれたけど、昨日までは買い手も居なかったので仕方ないと苦笑い。
出荷制限や規制なんか無いけど、これが風評被害の実態。
売り手はガンバロウ福島かなんかのキャンペーンで野菜をお店に出すんだろうけど、生産者の売値は安いままで報われていない。
自宅は半壊状態で、築年数を考えたら、修理するより建て直した方が合理的な感じ。
昨日もいわき市に居る間に何度か余震を経験。
スコップと長靴を持参し、今朝からボランテイアでいわき市復興作業を手伝う息子と別れ、妻と東京に戻った。
夜、いわき湯本の宿に居る息子から電話。
津波の被害が酷かった小名浜は凄い状況だったとか。
彼のボランテイア作業は、瓦礫や汚泥の撤去作業かな?
親バカと言われるかも知れないけど、自分の意思でボランテイアに参加を決めた彼の行動は、親としてはちょっと心配だけど、誇りに思う。
頑張れ敬介!

2 件のコメント:

laphroaig1968 さんのコメント...

林です。
Rich Dadさん、こんにちは。

高知から帰りました。
東北の復興には、まだまだ時間がかかり
そうですね。このGWには息子さんのよう
にボランティアのために、東北へ行った
方も多かったようですね。

Rich Dad さんのコメント...

林さん、お帰りなさい。
そうですね、東北方面へは、建築施工業者やボランテイアが随分入っていますね。ボランテイアに頼る復興と言うのもヘンな気がしますが。ただ、若い人達が自らの意思で復興に参加するのは、この国も捨てたもんでもないのかも?